森喜朗元総理の現在!今もなお影響力及ぼすその功績とは?家族構成やがん治療経た現在写真も

森喜朗元総理の現在!今もなお影響力及ぼすその功績とは?家族構成やがん治療経た現在写真も 人物

森喜朗氏は、元総理大臣にして、現2020東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の会長を務める人物。
延期となったオリンピックへの関心が高まるなか、メディアで見かけることも多いですね!

総理大臣だった2000年の「神の国発言」は非常にインパクトがありましたが、その後も各所で珍発言をしてきていたようです。

この記事では森会長のプロフィールや家族構成、ガン闘病を経ての現在の様子等をレポートしていきます!
総理大臣時代とは激変した現在写真も掲載しています。



森喜朗氏のプロフィールと経歴まとめ

基本プロフィールはこちらです。

森喜朗氏の基本プロフィール

  • 名前:森 喜朗 (もり よしろう)
  • 生年月日:1937年7月14日
  • 年齢:84歳
  • 出身地:石川県能美郡根上町 (現在の能美市)
  • 出身高校:石川県立金沢二水高等学校
  • 出身大学:早稲田大学商学部
  • 元首相ということもあり、公式サイトやSNSがあるかと探しましたが、利用しておられないようです

森氏とラグビー

小学生の頃からラグビーに興味を持ち、早稲田大学入学当初もラグビー部に所属。
結局ラグビーは辞めますが、同大学ラグビー部の監督の影響で、ラグビーへの情熱や、ラグビー界に貢献したいという思いは持ち続けたようです。

早稲田大学雄弁会時代に政治家になることと結婚が決まる

体調不調のためラグビー部退部の後は、先輩のすすめで雄弁会に入会します。
早稲田大学雄弁会出身者の多くが政治家や記者になるため、政治家の登竜門ともとられる早稲田の弁論クラブ。
実際、森喜朗氏も早稲田卒業後、産経新聞の記者になっていますね。

卒業してすぐの1961年、雄弁会の頃に国際交流サークルで出会った女性と結婚。
それが森氏の愛妻・牧千恵子 (智恵子?)さんです。

森喜朗氏の政治家としての経歴 (抜粋)

  • 1969年 32歳で衆議院議員初当選
  • 1977年 内閣官房副長官(福田改造内閣)
  • 1983年 文部大臣(第2次中曽根内閣)
  • 1992年 通商産業大臣(宮澤改造内閣)
  • 1993年 自由民主党幹事長
  • 1995年 建設大臣(村山改造内閣)
  • 1996年 自由民主党総務会長
  • 1998年 自由民主党幹事長
  • 2000年 自由民主党総裁
  • 2000年 第85代内閣総理大臣(第1次森内閣)
  • 2000年 第86代内閣総理大臣(第2次森内閣)
  • 2000年 内閣改造(第2次森内閣改造内閣)

総理時代の功績

日常生活でも几帳面で整理整頓が得意であるという森氏。
同じ特性が外交に生かされていたといいます。
基本はアドリブ、日付や数字等の細かい事実関係はカードにメモするから正確。
首相在任中に沖縄サミットの開催、ロシアやアメリカのみならずアフリカ諸国、インド等と積極的に外交し交渉を動かしました。

森喜朗氏の政治家引退後の現在

政治家としては2012年に引退しています。
その後も後進の応援に始まり、ロシア外交や新ローマ法王就任式等に日本政府代表として出向く等、日本の顔であり続けていました。
現在は、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長を努めています。

森喜朗氏の家族構成

森喜朗氏の家族構成は以下の通りです。
森氏自身は曾祖父から祖父・父親に至るまで出身地である根上町の町長となった、名家の出身。
生まれた頃から政治は身近だったともいえますね。

  • 妻:森 (旧姓牧) 千恵子/智恵子
  • 長男:森祐喜 – 石川県議会議員でしたが2010年酒気帯び運転による物損事故で逮捕・辞職、2011年死去
  • 長女:藤本陽子
  • 長女の配偶者:藤本真佐 (しんすけ) – デジタルハリウッド代表取締役社長兼CEO
  • 2人

がん闘病

2000年に首相就任が決定した直後に、森氏の前立腺がんが発覚したといいます。
小渕首相の急死で新しく首相になることが決まった直後だったので、手術ではなくホルモン治療をしながら職務に臨みました。
2015年には肺がんで左肺の摘出手術を受けたことを公表されています。

2度のがん闘病を経ての現在の様子

既に80代になられている森喜朗氏ですが、現在も東京オリンピック組織委の会長を務めています。
写真は2度の治療・闘病を経ての森氏。

首相時代の恰幅の良さ(100kgくらいはあったはず)は失われていますが、まだ威勢の良さが感じられます。



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